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うるとらK

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ちょっと寒いけどみんなでSAME MOON!!

先日の岡山ライブに行った時に勢い余って買ったカウントダウンのDVDです。

この時期2000年は今ほどに小田さん小田さんってのぼせてなかったように思います。
確か私自信色々あって、本当に辛い時期だったと思います。心に余裕さえなかったんでしょう。
それでもその余裕の無かった時期によく聞いていたのは

woh woh

不思議だね 二人がこうして 会えたこと ・・・

当時は辛い恋愛をしてたんでしょうか。。小田さんの曲を聴くと何でも涙が出てきましたが
この曲だけは本当に辛かった。でも通勤途上、車の中で聞いてて朝からいつも涙目だったような
気がします。

で、こんな思い出話ではなく。。

SAME MOONのお話。
雨男健在のDVDです。「雨が降ってしまいました?」と笑顔の小田さんですが、もし自分が
あの場所に居たら最後まで我慢して居られたんだろうかと心配してしまします。それくらい寒さが
伝わってきます。楽器もビニールで覆ってあるし、あんな寒さでよく手が動くな?って思います。

しかもオープニング花道に出かけるとき、ゆるい傾斜の部分が雨で濡れてていきなり滑って転びそう
になってる小田さんが、超可愛い。いつも鍛えてる小田さんはおっとっと、で持ちこたえ転びません
でしたけど。

DVD的にはツアーの内容なので、MCはほとんど入ってません。「みんな?もうちょっとだぞ?」
とか、「おめでとう」「もう時間を気にすることはありません、いつ帰ってもいいぞ?」とか
いつもの毒舌トークはありません。

ゲストの山本潤子さん。寒そうだったけどその高く太い声は小田さんとユニゾンすると本当に
綺麗です。

歌を捧げて
という曲は風うたのDVDで知ったんですが、オフコース時代に赤い鳥と8人でライヴをしたときに
小田さんが作ったそうなんですが、1番しかなかったそうですが、このカウントダウンライブのとき
リハーサルで「2番作ろうか」って軽いノリで作ったら本当に2分くらいでできちゃったくらい
するっとできちゃった曲なんだそうです。その時代の楽曲って感じの優しい歌でした。

もう一人のゲスト、マーチンこと鈴木雅之さんは本当に歌がうまい。歌い方が色っぽくてかっこよくて
切なくなってしまいます。大好きなヴォーカリストの一人です。

め組のひと
では出演者全員が い?なせだね、夏をつれてきた人♪ の部分から揃った振りを披露。もちろん
小田さんもかっこよく手をあげていました。コーラスもかっこよかった。

またたく星に願いを
では園山さん大張り切り。これは園さんの曲と言っていい??これもコーラス全員で踊っています。
小田さんも飛び跳ねて足を上げて楽しそうに踊っています。普段のライブでは見られませんね。。
きっと超寒かったんだと思います。

Yes-No
の最後 君を抱いていいの のときに小田さんが「おめでとう」「ありがとう」と叫ぶのですが
「みんな 幸せになろうね?」と言った時、私は涙が出てしまいました。2001年に巻き戻して
その場で聞きたかったなぁ。

my home town
ではとうとう涙をこらえ切れなかった小田さん。子供のように涙をぬぐい、鼻を真っ赤にして
本気で泣いています。小田和正のために1年でも大事な大晦日に何千人もの人が横浜に集い
最後まで笑顔で手を振ってくれたことに感謝したんでしょうか。。
本人もこのカウントダウンライブで、ステージから遥か遠くの人のとこに花道を歩いて会いに
行った時、こんなに離れてるのに僕が行ったらあんなキラキラした素敵な笑顔を見せてくれた、
だから、少しでも近くに、みんなのところに行こうと決めた、と言っています。

最後のsame moon
は出演者全員、キーボード栗ちゃんやドラム万作さんもすべての人が前に出てきて
素敵なコーラスを聞かせてくれました。

感動のDVDでした。
買ったのが遅かったっす。。

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今日もどこかで2008in岡山市民会館♪追記

書き忘れたことがありました。ま、ど?でもいいことなんですが。

「風のように歌が流れていた」のDVDのなかで、小田さんがラブ突を歌った後笑いながら言った
ことがありまして。。

今、君の心が動いた 言葉とめて方を寄せて・・・

と転調するとこで、たいてい拍手が「タン スタタン」になるんですが、そのことについて
若い頃この「タンスタタン」は嫌でしたね?。今はもういいんですよ。歳とったから。
せっかく拍手してくれてるしね。ま、でもそんな拍手変えなくてもいいよな。。うん。 

なんて言ってたのを思い出したものですから、自主的に拍手は小さくそれまでと同じリズムで
転調部分をやり過ごしました。ミュージシャンは「タンスタタン」嫌いなんですよ。と言って
たので気を遣ったつもりなのに、園山さんは大きく「タンスタタン」やってました、けど。。小田さん。

あとキーボード栗ちゃん眼鏡かっこよかったっすね。稲Pも好きなんですが栗ちゃんも好きです。
木下マネもいい感じですよね。歌うマネージャー♪

さ、次は大阪。
取れるか
チケット!!

今日もどこかで2008in岡山市民会館♪その2

イメージ 1

はい、続きです。

ご当地紀行は地元民でもないしあんまり期待していませんでしたが、何のことはない小田さんの
相変わらずの毒舌で大爆笑でした。面白かったとこを挙げてみます。

人の少ない表町アーケード街を進み、ブランドショップを見つけると「岡山にこんなブランドが
必要なんでしょうか」と毒舌開始。「その理由がわかりました、天満屋の息がかかりまくって
おります」その先のさびれた感じのとこを歩きながら「天満屋さん、こちらも何とかしてあげて
ください」(爆)

その後天満屋ハッピータウン(スーパー?)に行った小田さん。「なんと言うことでしょう」に
続く言葉は「なんと臨時休業です!」駐車場に車がない時点で気づきましょう!
この店の近くに住む姉に聞いたら「その日は年に数回の棚卸しの日だったみたいよ」と姉まで
爆笑。お疲れ様でした、小田さん。

星野さんと仲良しだから絶対倉敷は行くんだろうな?と思っていたらやっぱり倉敷へ。岡山市内から
30?40分くらいかかります。あ、高速ならすぐだね。美観地区にある星野仙一記念館に行くと
毒舌開始であります。印刷した色紙が売ってあって「印刷かよ?横着しないで自分で書きなさい」
といいたい放題。2階は500円の入場料と取るそうで(払ったかどうかは知らない)入った瞬間
「これで500円かよ?」と更に毒舌が開始されようとしたその時、なんと館長さんが挨拶に来て
しかも案内なんてされちゃったもんだからシ?ンとなる小田さん。

鷲羽山ハイランドでは長?い階段を登り、「お金を取っておきながらこんな階段を登らせるなんて
どうなんでしょうか、でも私は金比羅山を登ったのでこんなのへっちゃらであります」とハアハア
言いながら階段を上がります。着いた先にバンジージャンプがあったんだけど、悪天候なのか平日
やってないのか「な?んだ、バンジーできないじゃ?ん。残念だな?」と全くやる気もないのに
楽しそう。。

そんなご当地紀行でした。知らない土地だったけど大爆笑してしまった。。相変わらずの
ジジババ発言もありました。

後半は小田さんと稲Pが向いあってのギター演奏から始まりました。メチャかっこよかった。。
NEXTのテーマとYes-Yes-Yesはオフコース時代の曲で大好きな曲です。さよならには色々あった
んですよ、と風うたのDVDでも言ってましたが、さよならも確かにいい曲なんですが、私は
何となく選びません。最近大好きな夏の日も歌ってくれました。サビのコード進行が大好きです。

何だかうろ覚えですみません。

ラブ突とキラキラで会場乱入かな?って思ってました。スタッフの人も小田さんの動きに合わせて
移動してたりしたので、絶対ある、と確信していました。事実小田さん何度も降りられそうなとこ
見てたし。でも会場を見ると本当に狭くて小さいから無理なのは私もわかっていました。小田さんも
わかってたんだと思います。もし来てくれたら通路に近いから至近距離で見られると思ってたんだけど。
アンコールのときもスタッフが同じ動きをしたので、もしや、と思ったけどありませんでした。
いつも激走してる小田さんのイメージですが、激走するとあっという間に端っこに行ってしまうので
走ることさえできない状況だったのに、短い距離でも走っていました。そしてスクリーンの前にあがって
高いところから皆に手を振っていました。

後半のピアノは風のようにうたが流れていた、からだったかな。。今一番大好きな曲です。

出会いも別れも知らぬままに、流れる歌を聴いていた
慰められて、励まされて、そして夢を見た

涙がまたもや出そうになります。よかった、本当にきてよかった。とどめに東京の空の伴奏が
始まります。い、いかん、小田さん。私はこれを聞くと泣くんじゃ?!!

がんばっても、がんばってもうまくゆかない
でも気づかないところで誰かがきっと見てる

泣かされました。小田さん。
どうしたらこんなに心に刺さる曲が書けるのでしょう。きっと声が伴うからだと思っています。
こんな切なく、綺麗に歌われてしまったら泣く以外のなにがありましょう(言いすぎ)

いよいよ終盤。

小田さんが話します。どこの会場でも言ってると思いますが。
「簡単にじゃあまた、って言えなくなってきました。でもこうしてみんなの喜ぶ顔を見てると
またたくさんの人に会えるように、魚介類たくさん食べて(笑)健康に気をつけて頑張ります」
(と、言ったように思います)
「そんな願いを込めてダイジョウブを歌います」

あ の え?がお を みせて♪

と出だしアカペラです。その透き通る声がたまらない。また涙がたまります。そして歌が終わる頃には
洪水となって顔を流れていきました。
小田さんの顔は「ダイジョウブ、きっとまた会えるから皆そんな顔するなよ、な」って言ってる
ように見えました。

アンコールでまたたく星に願いを、では会場が一体になって手を振るところが見たかったのに
なにせ箱のような席だったので視界不良で全体は見えませんでしたが、大盛り上がりでした。
ステージも狭いのでメンバーも暴れることができません。袖に移動するのがやっとでしょうか。
Yes-Yes-Yesでは黒いTシャツ着たスタッフが裏マイクじゃないけど、ステージの端っこのほうで
6.7人コーラスしてましたね。ツアースタッフなのかプロモーター系か。。別の曲のとき
小田さんと稲Pがエレキ(?)だったときアコギ(?)で弾いてた子も居たな?。

君住む街へ
に差し掛かると、ああ、ライブも終わりだな?と思います。オフコース時代は1フレーズごとに
メンバーで回し歌いしてたんですってね。私は小田さんが1人で歌ってるのが大好きです。
歌詞が出てこないフレーズがあったから、小田さんもしや泣いてるの?って思ったけど何のことはない
1番と2番の歌詞がごっちゃになってて出てこなかっただけだったんですね。

今回は歌詞間違いに私は気づきませんでしたが、こんな感じで何回か歌詞が出てこないトコが
ありました。でもそれは小田さんらしくておちゃめで好きです。あ、間違えちゃったとテレながら
歌いなおすのも好きですけど。

なんだかうろ覚えのままですが、岡山はこんな感じでした。米子に比べると小田さんが落ち着いて
たような気がします。なんせ米子はホールバージョン1発目だったしライブ自体も3回目だった
せいもあると思いますが、MCも淡々としてたように思いました。

最後に必死に手を振りました。皆が普通に降ってる中私は指をさし(小田さんよくやるやつ)
手を振ったとき、一瞬目が合ったような気がして私のほうを見て手を振ってくれました。
(そう願いたい)

小田さん、本当にありがとう。何度もありがとうを言ってくれた小田さん。お礼はこっちが
言いたいのに。。また小田さんに会いたい。

ん?そういえば会います。
京都音楽博覧会で。今のトコ無条件でとれるチケットはこれしかない!
ちょうど京都に遊びに行く予定だったので、思い切って行ってきます。
これでは終われません。
大阪も行くつもりです。が、チケットはどうするんでしょうか(小田さん風に)

長々と読んでいただいてありがとうございました。
初レポなのでこんなことでスミマセン。

今日もどこかで2008in岡山市民会館♪

やってまいりました!岡山市民会館。この日を待ち望んではいたんですが来てしまったか・・って
気持ちもあるのです。次、いつ小田さんに会えるかわかりませんから。。(チケットが・・・)

ここ岡山市民会館はかな?り小さい会場。米子に比べても小さい。会場に入った瞬間ホールのドアの
先にマイクが見えるくらいですから。会場内に入ると更にライブハウスですか?ってほど(ライブ
ハウス行ったことないんだけど)小さくてステージが近くて、多分ステージも他の会場に比べて
低いのかな。最前列の人はきっと小田さんの汗が飛んで来たことでしょう。うらやましい。。

私の席はというと1階でしたが前から17列、で喜んではいけません。これは実質後から2列目だった
のであります。しかも2階がせせり出ているので箱の中に入れられてるような感じなのです。
なので、拍手の音も皆が歌った声もよ?く耳を澄まさないと聞こえない。。

アニメーションが流れていよいよ始まります。いつも思いますが最後のほうはメンバーさんや小田さん
が出てくるので結局最後の映像を見落としています。最後ってどうでしたっけ??

米子の時は小田さんメンバーより少し遅れて走って出てきたような記憶があるのですが、メンバーさんと
一緒に歩いていきなりデベソ花道で歌いました。この位置だとすご?く近くに小田さんが見える
んだけど、さっきも言ったように私達のエリアは箱に入れられたような3列なのできっと暗くて見えて
ないと思います。(見られてないから大丈夫よ)

セットリストは栃木とほぼ同じだったと思います、ってかうろ覚えなので間違ったレポしても
いけませんので割愛します。

小田さんにライトがあたると同時に涙がド?っと出てきます。会場の熱気も最高に盛り上がります。
が、なにせ箱の中ですから拍手も歓声も中途半端にしか聞こえません。。

園山さんのメンバー紹介のとき、
「2回前くらいのツアーのとき、新幹線で神戸で降りなくちゃいけないのに、この人だけ乗り過ごし
岡山まで行ってお土産にきびだんごを買って戻ってきた園山です!」
の小田さんの紹介に大爆笑。寝てたそうですが誰も起こさなかったってのはどうなんでしょう。。
って言ってました。

岡山はなんと13年ぶりなんだそうです。ま、ちっちゃいホールのうえに、今回のツアーも追加公演
でしたもんね。
会場から「お?」という歓声が上がると「釧路は22年ぶりだったからね」と君達の上がいますからね、
なんて表情でした。「その13年を埋めていくように一生懸命頑張りますから、最後まで盛り上がって
いきましょう!」と小田さん元気です。

MCもうろ覚えなんですが、いつものようにネタ帳をポケットから出して老眼鏡がなくて見えにくい
んでしょうか。。じ?っと見つめて、「あ、これ」みたくうなずいて、その間会場内から「小田さ?ん」
と声がかかると「はいはい」と一応受ける。。小田さん可愛い。で、「岡山って海の近くだけど
瀬戸内海だっけ。どの辺りに泳ぎに行くの?」の質問に何人かが答えるとさえぎるように
「ああ、沢山あるんだね」と言ったのを皮切りにゆる?くMCが続きます。

次にたしかなこと、という曲を歌いますがと話はじめて、途中の内容はなんとなく覚えてますが、
文章にできなくてすみません。でも「僕のたしかなことは変わってないです」といった言葉が
忘れられません。それは音楽に対しての気持ちだと私は思います。

MCは米子に比べたら長いな?って思いましたが、本人も「あ、今日話し長いな」って言ってたので
こじんまりとした会場だったし乗ってしまったのでしょうか。長い話もうろ覚えですが、昔は単独で
ライブなんてできなくて、色んなバンドと一緒にやりました、という流れから「グレープとは一緒に
されたくなかったですね」で会場は大爆笑。「だってさだですよ、オフコースとは方向性違うでしょ」と懐かしげにニコニコゆる?くお話が続きました。

僕の贈り物を会場みんなで歌いました。今思えば会場が小さかったからだと思いますが
「ここの歌唱率高いですね?、あ、歌唱率なんて初めて使ったな?。これいいね。うん」と隣の稲Pと
大うけの小田さん。何度も言いますが箱の中にいる私なのでむしろ小さいように聞こえてしまった
んですが、大きな声でよかったな?。小田さん喜んでくれて。次からのライブも使ってください
「歌唱率」

その後曲の途中で止まってしまい、いつものように「すみませぇ?ん」と言って歌いなおした小田さん。
稲Pのびっくりした顔が印象的です。(隠れ稲Pファン)

小田さんの体調を心配していた私ですが、バッチリ元気な姿と歌声を披露してくれました。
ピアノで歌った

言葉にできない

号泣です。魂を込めて歌う小田さんの顔。どこまでも高く響く歌声。じっと我慢してたんですが、
オンステージの人が泣いてる姿を見てしまい、こらえきれませんでした。本当に目の前で歌って
くれてるのかと思うと、またそれで涙が止まりません。歌い終わった小田さんは満足そうに小さく
頭を下げます。鳴り止まない拍手に、もう一度小さく。。

今日もどこかで

これまた涙がこぼれ落ちます。米子では確かピアノじゃなくて立ったまま歌った気がします。
目覚ましのスペシャルの時に大阪城のときの映像だと思いますが、シンセで弾いてたイメージが
あったのはいいんですが、重ねて大塚さんが花チャリで走る映像が思い出されてしまって困りました。
スクリーンに歌詞が出ていましたが、みんな小田さんの声を耳を澄まして聞いていました。

長くなったのでとりあえずここまで、後半へ続きます。

岡山公演にむけて

いよいよ明後日にせまってきました。今からドキドキしてどうしたら小田さんを目に焼きつけ、声を
耳に焼き付けることができるか考えています。米子公演に行った時はまだ最初のほうってこともあって
ただボ?っと時間を過ごしてしまったような気がして。

多分米子より小さ目だと思うので1階席だから小田さんはかなりの大きさで見えると思います。
花道は大きさ的にそんなに長くもないと思うけど近くまで伸びてたら嬉しいなあ。

心配なのは小田さんの体調。栃木で声の調子がおかしくなったそうだし、真駒内でも少し声の調子は
悪いように思えた、というファンの書き込みもあったし。しかも胸を押さえながら苦しそうだったって
のを見たときは本当に自分の胸が痛くなりました。大丈夫かな。

小田さんのサイトを見ると今日北海道から東京に戻って会社に着くとすぐに「ジムへ行って来るわ」
と出て行った、と書いてあるから大丈夫なのかもしれないけど休めるときはお休みください。
明日は岡山に移動してご当地紀行の撮影なのでしょうから。。

明日は寝られるかな?

岡山公演行ってきます!

一度は諦めていた岡山のチケットが手に入りました!嬉しすぎて倒れそうでした。
岡山は2000人入らない小さい会場。大きな会場に比べあふれるチケットもないだろうし
広告代理店経由で頼んでも岡山だけは無理です、って言われたのだそうで。。もう小田さんに会えない
と思っていたのですが。

チケット譲ってくれた方、本当にありがとうございます。

小田さんは本当は小さい会場でやりたい、という話をどこかで聞きました。4月に行った米子も
今回のツアーの中でも小さいほうだと思います。だって2階はほとんどないですから。1階の真ん中
より少し前あたりの席でしたが、本当に小田さんが近くに見えました。小田さんが登場した瞬間
全身が震える感覚を覚え勝手に涙があふれ出ていました。最初から会場中のお客さんにブンブン手を
ふる小田さん。DVDで見るような大きな会場じゃないから激走って感じではないけれど、真ん中に
じっとしてることなく、みんなの近くに行こうっていう気持ちが伝わってきました。
でも、年齢のこと声のことを考慮してアリーナサイズの会場をセレクトすることを、スタッフに
説得されたのだと聞いて、ファンとしては小田さんにはずっと歌っていてほしいから納得です。

小田さんファンのブログを色々見させていただくと、コンサートの様子をレポートしてあります。
明日からは北海道ですよね。横浜公演では「朝までやるぞ!」が出たと聞いてさすが地元、絶対
地方では出ないよな?と悔しい思いです。きっとmy home townも岡山では歌ってくれないだろうし
一度は横浜行って見たいですね?。栃木の公演では声の調子が悪くなったと聞いて心配しています。
その後徐々に回復して後半はバッチリだったそうですが。

あと少し、小田さん頑張って。

大阪にも行きたいですが、もしかしたらこのツアー私が行けるのは岡山が最後かもしれないので
目と耳を研ぎ澄まし、しっかり小田さんを感じてこようと思います。そして行けなかったファンの
方々のためにレポも書けるように。。

スキーについて

冬場はスキーをしています。スキー学校に所属し平日は会社員、週末はスキーという休み無しの生活
を送ります。努力や根性などという言葉に縁がなく、何をやっても続かなかった私なのですが、スキー
だけはなんとか続いています。なんでだろ。。

スキーの大会に出ていました。それはタイムを競うレースではなく、いかに上手に滑るかという
技術を競う種類の大会です。競技人口は少ないけど全国までつながる大会です。競技人口が少ない
おかげで全国大会まで一応出ました。たいした成績は残せなかったけれど。あと1シーズンやって
引退しよう、と決めたその大会前に大転倒して半月版を損傷し、内視鏡検査で前十字靭帯も切れて
いることが判明。靭帯は昔バスケットで切れてたらしいですが。おかげでバッサリ引退せざるを
得なくなりました。

それでも今も指導する立場をメインに自分もまだまだ下手になりたくなくて、冬場は必死(?)に技術を
磨いています。一線を退いても自分なりにここまでは落ちたくないってとこがあります。
自慢ではないですが、私は割りと努力しなくても何でもできました。スキーも始めてからはメキメキと
上手くなっていったと思います。だからこそ落ちたくないのかもしれません。

で、今でも続いているわけです。

まあ、自然と一体化できて平日のストレスを簡単に発散できてしまうので止められないのか。。
私の場合スキーシーズンの冬場に痩せて、夏場は太るという普通の人と逆な感じになっています。
週末しか運動しないのにこれほどに痩せられるとは・・みたいな感じなのですが、どれだけ激しい
運動かってことなのでしょうか。

今日のように涼しいとつい冬のことを思ってしまいます。

CDを借りました。

小田さんのCDを借りてきました。
私は筋金が入ってないので途中のアルバムが途切れています。借りてきたのは

自己ベスト
伝えたいことがあるんだ

筋金ファンの皆さんごめんなさい。私この程度でした。。トホホ。
iPodと車のHDDにちゃんと入れました。明日から聞きます。

聞きたかったのは緑の街。LIFE SIZE1998で流れていたからです。小田節だったし。
自己ベスト2があるのに、初代がないのは・・なんていう理由もありましたけどね。
あと、my home town。
それぞれに自分の街はあって、自分の街を大事にしている小田さんの気持ちが伝わります。

伝えたいことがあるんだ、は、なんだか懐かしくてついでに借りた感じがあります。
君にMerry Xmasはサビしか聞いたことなかったし。

声はそんなに違和感ないですが、少し若い感じもしますね。私は今現在の声が大好きです。
先日今日もどこかで、を大きな音で聞いてみました。めざましTVでライブの映像流れてたやつ
ですが、ライブで疲れてたのか声にツヤがないように聞こえちゃいましたが。4月に米子で聞いた
声は最高でした。終盤になるにつれて透き通って高音がより高く聞こえました。

そんな生声をもう一度、きっと聞きに行こう。

iPod touchはすごい!

先日買ったiPod touch。こいつ、いい仕事します。
会社の子に教えてもらってなんとか画像を入れることができました。
大好きな小田さんを連れ出すことに成功です。どなたかのブログで、電車の中で小田さんを見ていて
危うく乗り過ごすとこだった、そうなので気をつけないと。。

今日もどこかで・東京の空

などCD化されてない曲はTVやDVDから入れました。東京の空は最高です。今日もどこかでは
めざましTVのスペシャルのやつからライブ音源で入れたんだけど一応フルコーラス(?)です。
でも音と動画が微妙にずれてて画面を見ると辛くなるので音のみ聞いています。

ああ、岡山も当然のように取れなかったし、あとは大阪の一般。なんとかならないかな?。。

風のようにうたが流れていた その2

後半を見倒しました。曲の部分は飛ばし気味で後でじっくり聴こうと思って。。

後半を振り返ります。
小田さんのファッション(?)って普段を特に知ってるわけじゃないけどLIFE SIZEなんか見てても
シックな色でTシャツって感じなんですが、さすがにスタイリストさんがバリバリについた番組なので
しょうから、微妙に衣装が普段見ない感じです。白いジップアップのニットや、タートルの下から
シャツの襟を立てる、なぞ、普段の小田さんには無いような気がします。番組の中でも
「あれ、この袖って折れてたよね」とお客さんに聞く始末。。
2本まとめ撮りのようで、「はいはい、お色直ししてきましたよ。俺はそのままでもいいんだけど」
などとアドリブで喋りまくります。

ギターを始めた頃の話で、Fコードができなかった思い出話にうなづくお客さん。どうも音楽関係者
らしいんだけど、「今うなづいた皆さんはFで挫折した口ですね」と会場内爆笑。私はギターできない
ので分からないんですが。なんだかんだいって最初のギターはお母さんに買ってもらったそうですよ。
ギターだけじゃダメだと思った小田さんはピアノも頑張ります。そして英語の曲も完璧に歌いたかった
そうで一生懸命勉強したんだそうです。

ゲストに財津和夫さんが登場です。かなりの仲良しな感じ。今だからをユーミンと3人で作ったときの
ネタバレです。「実際にあーだこーだって作ってたのは俺とユーミンだったよな」と小田さん。
「そうそう、俺はお茶くみしてたよね」と財津さん(爆)
クリ約でI dreamだったかな?財津さんの歌を小田さんが歌っています。番組ではエンディングで流れた
だけだけど、LIFE SIZEではほぼ完全な形で残っていて、TBSの人も涙するほどのいい歌です。

次のゲストはマーチンこと鈴木雅之さん。彼の話もめちゃくちゃ面白かったんだけど、最終話の
スタレビ要さんが全部持っていきました。交通事故直後のジョイントライブのこと、ウクレレの演奏と
アロハを着ることを快く承諾してくれた小田さんに感謝していました。「事故で弱ってるから今しか
ないって思って」と相変わらずの毒舌。
要さんはコーラスにもたくさん参加してるし、もうメンバー的存在ですかね。

最終話は小田さんが作ってきた曲の話があります。「言葉にできない」はオフコースの解散に向けて
ケジメじゃないけど、強く印象に残る曲を作りたかったのだと。。そして「たしかなこと」はソロに
なって言葉にできないを超える曲、ということで作ったというお話です。

小田さんっていろんなインタビューで「俺は一生懸命やってきたし」「精一杯生きてきたから」
とよくおっしゃいます。このDVDを見てより思いました。この人はすごい人だ。ただ、音楽が好きで
すげえ好きでここまでやってこられたんだと思う、と言います。好きなだけで還暦までやれないです。
好きな中にも嫌になったことや辞めたくなったことだってあったはず。でもそれ以上に辞められない
魅力を音楽に感じ、やり通すと決めたその強い意志が私達の心に焼きつく歌詞になり、音になり届く
のだと思います。

まだ、ザっと見ただけなのでこれからゆっくり見返します。

iPod touch

イメージ 1

来ました!
注文の品が!!
どうやって画像入れるかまだわかりませんが、小田さんを連れて歩こうと思います。
落とさないよう、傷つけないよう、無くさないよう気をつけま?す!

風のようにうたが流れていた

DVDBOXを初めてのオークションで落としました。ちょっと連絡が遅いこともありましたが
出品者の方もそれなりに迅速な対応をしていただいて、無事昨日から見入っております。
最近LIFE SIZEとか小田さん関係の品物が届くたび、旦那がいい顔しないので今回は旦那の居ない隙に
届いてよかった!

2004年頃の番組でしたが、なんと私は一度も観た事がない。何と言う小田ファンなんでしょう。
きっとその頃は他に何か夢中なものがあったのでしょう。。その頃純粋な歌番組ってなかったし、
あっても半分以上くだらない話や笑いを狙ったものでしたよね。今もそうかもしれないけど。

クリ約はその点本当にたくさん音楽的な要素が含まれ、まさに音を楽しむ、という素晴らしさが
伝わってきます。それに・・こんなに一つの曲を作るのに大変な作業をしていて、歌詞を作るのが
本当に大変なんだってことも、クリ約で知りました。

風のように・・の番組はまだ6話までしか見ていませんが、小田さんの音楽活動の歴史をたどっています。
やりたいことを真っ直ぐにやってきた、そんな小田さん。だからこその今なのかもしれません。私は
そんなに真っ直ぐでいられなかったな。目指したいものや、夢がなかったから、それに向けての
努力も何にもしてこなかった。今になって後悔の毎日です。

少し番組を振り返ってみたいのですが、1話で島倉千代子さんがゲストで出演されてます。小田さんも
いろんな人に楽曲提供をしてきたとは思いますが、垣根越えすぎじゃないですか、って思う方です。
そんな島倉さんも素敵な小田さんにメロメロな感じが可愛かったですね。ホント人生色々なんだと思います。

山本潤子さんが登場しました。小田さんにとっては因縁のライバルであり、供に同じ時代を生きた
同志でもある人なのでしょう。男と女、の前にある友情を感じます。当時こうして一緒に歌ってることが
想像できなかったかもしれませんね。そんな友人が多い小田さんです。

ムッシュかまやつさんもそんな一人でしょうか。ムッシュの出版した本について語る小田さん。
その内容のみならず、ムッシュが使った言葉に注目していくところ。
俺は恋愛していたし・・ってのは普通は彼女がいたし、付き合ってる人がいて、なんて普通使うのに
この、恋愛していたし、っていう言葉がかっこよくてね・・なんてことを小田さんはムッシュに
問いかけます。恥ずかしそうなムッシュ。

この番組の中では英語の曲を多く歌っています。私は洋楽一切聞かないんですけど、2つ大好きな
歌があってそれは中学校のとき「金曜日の妻達へ」というドラマがあったんですが、この主題曲が
「風にふかれて」というボブディランの歌です。意味もわからないけど、その音の進み方やハモリ
具合が好きで耳で覚えた曲です。今思えばこのとき歌ってた人は山本潤子さんだったのかな?
本当に大好きだったからレンタルなんかも少ない当時はラジオにリクエストするのが主流で、葉書を
かきました。それが見事読まれたんです!パーソナリティの人に「中学生なのにしぶい曲ですね」
なんて言われたのを覚えてますが、何と流れたのはそのドラマの歌声ではなく、西部劇に出てきそうな
おっさんの声でがっかりしたのを覚えていますが、きっとそれは本物のボブディランだったんでしょうね。

もう1つは「明日に架ける橋」これは歌詞までは覚えられなかったけど、これも曲の流れが好きで
耳に残る素敵な曲です。

この曲達を歌ってくれたこのDVDBOX!小田さんブラボ?。

さ、では後半2枚をこれから見ます!

バスケット

小学校から大学までバスケットをしていました。運がよかったのか自分達の実力なのかそれぞれに
素晴らしい成績を残せました(たいしたことはない。。)

バスケットを始めたきっかけは、小学校4年生からクラブに入ることになっててそれからだったんですが
あのお年頃なので、友達に合わせてやりたくもない卓球クラブの希望を書いてしまったのですな。すると
当時卓球が流行ってて定員一杯、先生から「バスケ少ないし行かないか?」って言われたのです。
実は私はバスケやってみたかったので即答しました。
今思えばあのときが一番最初の進路を決める自分の意思だったようにおもいます。

小学校はたいしたことありませんでしたが、上手くなりたい気持ちはすごくありました。気持ちばかり
先にたって何もかもうまくかみ合いませんでした。それでも体格はいいほうだったので、中学から大学
まで1年生からレギュラーでした。ユニフォームをもらえなかったことがありません。

一番心に残ってるのは県の高校総体で優勝したあの決勝戦です。ここにたどり着くまで色々なことが
ありました。練習嫌いの私。練習したい子と対立しました。テスト期間中くらい練習は個人練習に
しようっていうだけの対立だったけど。
大会前はレギュラーじゃない子達から「朝練しよう」と言ってくれて普段の朝練はシュート練習だけ
なのにその1週間はゲーム方式でフォーメーションの確認をしたりしました。この子達のためにも
私らが頑張らないと、と心から思いました。チームってこういうことなんだ、仲間を思いやるって
こういうことなんだ、って初めて思いました。

一番自分がプレー的に成長したのは大学時代でした。バスケの考え方が同じ先生が監督だったので
とてもやりやすかったのもありました。でもさすがに全国から上手い選手が集まってくるので2年生
のときはレギュラーから外され、試合にも数分間しか出られない時期がありました。この頃は本当に
悩んで、バスケを辞めようと思ったこともありました。でも、自分に何ができるか必死に考えました。
バスケは本当に大好きだったし、バスケが無かったら大学にも来られなかったし、何よりたくさんの
仲間に出会えなかったし。辞めようにも辞められない自分にも気づいていたのです。

それからは必死に走りました。ボールに触れなくてもできることがある。ゲームの流れを作ることが
できる。走って走って・・そして認められました。レギュラーに復活しました。自分の気持ち一つ
だったのかもしれません。

昔から頑張らなくても何でも出来てしまった私。それにあぐらをかいていた私。
頑張れる何かがあることはとても幸せなことなのに。そのときには気づかないものです。

4年の時には副キャプテン、ゲームキャプテンをつとめ、リーグでは最優秀選手賞ももらって
代々木第二体育館で表彰もしてもらいました。頑張ってきた自分がそこに居ました。

学校の先生だった親は多分バスケなんかやんないで勉強して欲しかったんだと思います。だからか
どうかわかりませんが、当時試合には1回来たかどうかです。今ほど保護者会っていう時代でも
なかったし。母に試合の結果を電話で報告したのは高校総体で優勝したとき、1回だけです。
それでも嫌な顔を少しして大学に行かせてくれた両親には感謝です。

そして何よりの宝はバスケを通して出会った仲間です。高校時代の仲間は今でも地元で会います。
大学時代の仲間は全国各地に散らばっていますが、1年に1回くらいは会うようにしています。
小田さんも言ってます。大事なのは、どれだけの思い出と仲間を作れたか、ということに
尽きると思います。

本当は今もバスケやりたいんだけど、膝を怪我してからは遠ざかっています。
先日大学の先輩に会ったとき、この先輩はまだバスケやってるんだけどボールを持ってて
道路でパスをしました。めっちゃ楽しかった。「先輩、パスなのにめちゃくちゃ楽しい!」
と言った私にバカうけでした。

続けるっていうこと

ずっと小田さんのファンでした。最近は会社でもチケットが?と騒ぎ立てるので私が小田さんのファンだ
と皆が知り始めたのですが、皆からは「前からファンだったっけ?」と聞かれます。

ええ、ずっと前からファンでした。

クリスマスの約束の放映に気づいたのは2年前(遅っ)、実際に歌ってる小田さんの映像を見ながら
ああ、私はやっぱり小田さんの歌が大好きだ、と再確認しました。それまではそれでもCDは買って
いたし数年前に地元でのコンサートには出かけています。でも、最近のはまりようは尋常じゃない
かもしれません。去年のクリ約で「来年はツアーに出ます」と聞いて初めて今やってるツアーのことを
知ったくらいなので、たいしたことないじゃんと思われるかもしれないですが。

米子のコンサートに行ってPRESS会員のことを知り、いそいそと入会しいざ会員証が来てさあチケット
と思ったときには終了してたりで。。トホホ。ずっとファンでしたなんて偉そうには言えないのですが
オフコース時代からのファンだったことも付け加えます。

いろいろと小田さんファンのブログにお邪魔していると、本当に筋金入りのファンでオフコース時代の
品物切抜きなどしっかり持ってらっしゃいますよね。解散したことさえ記憶に無い私なので、ファンを
語るには100年早いんじゃ!って言われそうです。すみません。

衝撃的にオフコースの歌に出会ったのは中学1年くらいだったと思います。なんて切ない声なんだろう
ってずっと思ってて。。兄貴にダビングしてもらったテープを擦り切れるほど聞いて。NEXTだった
んだろうか。YES-YES-YESが好きでした。
「君の嫌いな東京も秋は素敵な街」
という歌詞に中学生で行ったことも無いくせに「東京嫌いじゃないよ」と思いながら聞いてたのが
懐かしいです。

初めて買ったレコードは近藤真彦のハイティーンブギだったような記憶がありますが、それって多分
皆が買ってるから、ってな理由で買ったんだと思います。物心ついて初めての心の底からのファンは
オフコースだと思います。

そんなチッチャイ頃から今現在まで二十数年、小田さんはいまだに歌い続けています。次の約束が簡単に
できない、っていうのを聞きます。歌ですべてを表現していくアーティストにとって、約束ができない
ってとても辛いことだと思います。でもそれをみんなの前でハッキリ言える小田さん。それはそれで
素敵です。その裏には「やれるとこまでやるから、皆で俺の背中押してくれよ」って言ってるように
私には聞こえるからです。

そんな小田さんを尊敬します。
私も?頑張らなくちゃ。

大好きな神戸

この土日は仕事で神戸と京都にいました。K.ODAファンとしては神戸といえば米子公演の前は神戸だった
な?とか、京都は7月下旬でこれから音楽祭もあるな?とかとか。。思うわけです。
どうやらこの週末小田ファミリーはデスマッチだったようですね。優勝したそうですよ。小田さん。
優勝記念でPRESSに何かおまけつきませんかね?。

ってな訳で、田舎者の私ですが久しぶりに都会に来ると地元では買えないもの、などを物色して
まわります。ホテルは神戸元町だったので、場所的にはすごくいいとこでした。少し横道に入った
あたりがいい感じのお店ありますよね。フラっと入った雑貨屋さんの食器ほしかったけど、時間も
なければ割らないで持って帰る自信もなく諦めましたが。

諦め切れなかったのは・・・なぜ関西にFar East Cafeがないんだ、と、ね。
私でよければ店長やりますので是非。

神戸の街はとても大好きな場所です。私は海がとっても大好きなんですけど、どうも都会の海は
好きになれなかったんですけどね。なぜか神戸だけは許せてしまう雰囲気があります。
学生時代東京に住んでたんだけど、横浜もよく遊びに行って、横浜の雰囲気も好きだな?。

私はスキーをするので山のほうが好きなのでは?と、よく言われますが海のほうが好きです。
若かりし頃はジェットに乗ったりして遊んでいました。一人で沖に出てジェットのエンジンを止めて
しばし浮いているとすごく心が落ち着きます。浮いてる時間はほどほどにしておかないと、潮で
流されますが。。

何だか話があっちこっちです。

あ、そうだ、あっちこっちついでに
ipod touch買いました。
小田さん連れて歩こう。

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