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うるとらK

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TIME CAN'T WAIT?

1990年に小田さんが朝日新聞神奈川特集で連載していた記事を本にしたものです。

最近小田さんを追いかけて過去のDVDを見たり、書物を読んだりしていますが、内容的には
あ、あの時風うたで話してたやつだ、なんてのもあります。でもこの方は本当に頭の良い人
だな?って思う文章なのですよ。私は実はあんまり本を読んだりするのは好きじゃありません。
でも最近はそれでも色んな書き物を目の当たりにしていく中で、読みやすい、自分好みの
言い回しの文章、というのがあることに気づきます。

小田さんの文章もその好きな言い回し、の一つです。

今回はその中で特に心に残る章を取り上げて感想を書かせていただきます。

THE SAME MOON
小田さんが1980年からロスのエンジニアとの付き合いが始まります。小田さんは彼は10歳くらい
上なんだろうと思い、ビルおじさん、なんて感じの付き合いだったそうですが、実は同じ年齢
ということがわかります。
地球の反対側で同じ頃生まれていたんだ、という素晴らしい偶然に感動する小田さんです。
「地球の反対側なんて男と女だったらただじゃ済まなかったかもしれない」この文章が私は
大好きです。特に理由はありませんが、何と言うか、その発想が大好きなのです。

同じ時代を生きた二人の距離は急に近づいていきます。同じように大人になってきたことに
共感を覚えていきます。

彼と別れるとき
「俺は反対側に帰るけどいつも同じ月を見てるんだよ。だから月を見たら時々『ODAもこの
月を見てるんだな』って思い出せよ」と言ったら「SURE!」と答えて、それ以来2人はいつも
「THE SAME MOON!」と言って別れるんだそうです。ここでまた、これが男と女だったら・・
と思う小田さんが大好き。

このブログに遊びに来てくれてるnanoriさんと大阪城千秋楽で劇的な(?)出会いをした
あと、「THE SAME MOONのようだった」と自身のブログに載せてくださってます。地球の裏と
表ほど離れてはいませんが、同じような感覚でしたね。感動でした。


僕の中国旅行
この章は何度読んでも涙が溢れます。私だけでしょうが。
日中文化交流会の一員としてオフコースが中国へ行った時のお話です。
万里の長城に居る間中胸が締め付けられる思いだったそうです。それは長城の壁に隔てられた
向こう側で風に揺れてるススキが哀しかったから。

『それは戦時中この上に立って見張りをしていた衛兵たちは明日にも攻めてくるかもしれない
北方民族のことではなく、きっと故郷に残してきた恋人や、母や、兄弟のことを思いこの
揺れるススキを見つめていたに違いない』

という行です。自分が犠牲になってしまうことではなく、待っている人のことを想う、という
とこを感じる小田さん。それが小田さんの歌詞の切なさにつながってるような気がして。

そしてとってもお世話になった通訳の王さんとの別れ。公式の通訳ではなかったため柱のかげで
隠れるようにして見送ってくれたそうだ。その王さんに駆け寄って抱き合い別れを告げると
王さんは再び柱のかげに戻っていった。

もう一人付き添ってくれた40くらいの女性との交流と別れるときの話を読むと、何度読んでも
涙が出てくるのはどうしてでしょうか。

この中国で歌ったのがあの風うたで歌った「いつもいつも」という曲でした。
この歌本当にいいですよね。音楽の教科書にでも出てたのかな。私も知ってるから。

とりあえず今日はこのへんで。
また書きます。

書いてても泣けてくるのは何故だ。。。

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今日もどこかで9月26日【追記】

イメージ 1

イメージ 2


その1

今回このブログによく遊びに来てくれるnanoriさんと出会うことができました。
これは本当にミラクルだったのです。たまたまお隣のブロックでお互い無理して会うことはせず
会えたらね、なんて話だったのでお互い「眼鏡かけてます(n)」「無駄にデカイです(う)」なんて
およそ会えるはずもない特徴を伝えたのみだったのです。

が、しかし、ライブ終了後隣のブロックを見上げてみると、こっちを見てる眼鏡の女性発見。
あ、もしかしてnanoriさんかな?と思い小さく手を振ってみました。すると笑顔で手を振り返して
くれるではありませんかっ。

通路で「初めまして」と超ハイテンションで初対面!ミラクルでした。小田さんのおかげで
出会うことができました。駅までの道を激トークで帰りました。よくよく話を聞いてみれば
年齢も同じということが判明(ゴメン歳ばらしちゃった)

本当に嬉しかったですね。小田さんファンとWeb以外でつながったのは初めてだったので。
今後ともよろしくお願いします。また京セラドームで再会しましょう、と約束して京橋で
お別れしました。

これを機に他のファンの皆さんと出会えたら嬉しいです。


その2
大きなホールは歌詞が出るんですね。だから小田さん岡山で間違えまくってたのかな?
とふと思いました。歌詞が出るといいですよね。僕の贈り物もみんな歌詞の心配なく歌えるし。


その3
小田さんがラブ突なんかで会いにきてくれたとき、手を出した親子が居ました。小田さんは
歌いながらゴメンネ、と手を制するようにしました。1列目の人は全く手を出すこともなく
マナーを守って手を振ってただけなのに。しかもその親子はその後階段を上がっていったので
席を離れて出てきてたんですね。何だかガッカリでしたが福岡会場なんてもっと最悪だった
らしいので、ほんと常識というかモラルというか、マナーを守って欲しいですよね。誰だって
小田さんの近くに行きたいんだから。

写真はぜんぜん関係ありませんが、本日地元に帰ってきたとき、とっても空が綺麗だったので
撮影してみました。

今日もどこかで9月26日【その2】

後半はいつものように稲Pと向き合ってNEXTが始まります。

「最近稲Pが間奏のアレンジ変えててね、なんだか引き戻されるような気持ちになります」
と、言ってました。mixiで稲Pのコミュニティがあるんですが、そこのトピ主さんが稲Pに
直接メールしてお願いしたそうです。それがそのまま採用されたかどうかは不明ですが、でも
きっと小田さんと相談してそんなアレンジにしたんでしょうね。
(アレンジ変えてたのはさよなら)

隠れ稲Pファンなので(隠れる必要は全く無い)稲Pよりの席で嬉しかったです。後ろ向いて
演奏してくれてたし。園山さんや万作さんと楽しそうに絡んでたし。一度「稲P!」って
声かけてみたい。。

そうそう、ステージバックだったのでメンバーさんの動きを少し。木下マネは自分の出番が
ないときは後ろ振り返って客席見てたりキョロキョロしてました。万作さんと息を合わせて
叩いてましたね。大阪出身の栗ちゃんは阪神タイガースのリストバンドを高々と上げてたし。

第2回洪水警報はやっぱり弾き語りで「風のように歌が流れていた」「東京の空」
私の中では言葉にできないより風歌のほうがよかった。グランドピアノだったから、という
訳じゃないですが。いや、言葉にできないが悪かったんじゃないです。それ以上に声が
体中にしみわたって・・そう、別の表現をするならば、体が冷え切ったあとに温泉に入って
温まるようにジワ?っと小田さんの声がしみわたってきます。今回はツアーを離れている
ベースの山内さんが武道館のライブをこう表現しています。

『その歌が凄い。一言一句が天から降ってくるようで、歌を「浴びて」いる
感じ。特に最近の小田さんの楽曲はほんとうに染みる言葉が多くて、
観に来ている人、みんな元気になって帰ったんだろう、と思う。』

そんな風歌でした。小田さん自身も声が出る、と確信して出してるみたいで、
魂を込めた、そんな感じに歌い上げました。

そしてこれまた東京の空は、もう表現する言葉も無いです。それこそ言葉にできません。

アンコールは「またたく星に願いを」から。園さん、出番!
1万人規模の手振りは最高ですね。ホール中が持ち上がってるように見えます。
万作さんも木下マネもこれでもか、と叩いて盛り上がります。

もう、奥に入らなくてもいいんじゃないの、ってくらい短い間隔で2回目のアンコールに
出てきてくれます。Yes-Yes-Yesはツアースタッフが出てきて皆でコーラス。小田さんも
スタッフの方を向いて演奏。ありがとうな、って言ってるようでした。

追加公演のこと、何とも恥ずかしそうに言ってました。
「あ、えっと、もう知ってると思いますが追加公演やります。
(大きな拍手に恥ずかしそうにペコっと挨拶)
ま、あの、よかったらで結構ですので、お誘い合わせの上また遊びに来てください」
(ってな感じの言葉だったように思います)

そしてエンディングのアニメーションが終わっても、鳴り止まぬ拍手。すごく大きくて
止む気配のない拍手。帰りましょうね、の放送もない。

とうとう、小田さんが一人で出てきます。大きな拍手は地鳴りのように鳴り響き、
小田さんはそれに答えるようにお辞儀をする。そして何とアコギを担いだ!
始まった曲は

Woh Woh

ちょ、ちょっと。待ってよ、小田さん。あたしゃこの曲は本当にダメなんだって。
と思うか思わないかに涙が洪水のように流れます。第3回の警報発令前の出来事です。

不思議だね
二人がこうして会えたこと・・

そして感動のうちにあと2行で歌が終わってしまう、とちょっと寂しくなってるときに
やってくれましたよ。歌詞間違えました。ドヨ?っと笑いのようなどよめきと感謝の拍手。
小田さんもヤベ?っていつもの顔したけど、最後まで歌いました。

終わっちゃうのかな、と思ってたらメンバーさんが出てきてまたもた大拍手。
「朝までやるぞ?」出るかしらって思うくらい、会場内はテンションアゲアゲです。

もう歌う曲がなくなってしまったので、最後に皆でダイジョウブ歌いましょう

と小田さんがもう一度「さんっし♪」と号令をかけてくれて歌が始まります。
小田さんへの感謝の気持ちを込めて私もしっかり歌いました。

そして最後に

また会おうぜ!!

と言ってステージを後にした小田さんでした。

何度も何度もありがとうを言ってた小田さん。お礼を言うのはこっちですから。本当に
また会いたい。感謝の気持ちで一杯で終わったライブ。しばらく席から動けませんでした。
感動なんて言葉では片付けられない、そんな9.26でした。

小田さん、本当にありがとう。
じゃ、いつかまた。
(正しくは12月20日京セラドームで)

今日もどこかで9月26日【その1】

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

とうとうこの日が来てしまいました

こんなMCで始まりました(と思います)

最初に断っておきます。今回のライブは感動と興奮のあまりMCはほとんどぶっ飛んで
おります。筋金入りの小田ファンの皆様のブログで確認してくださいませ。私なりに
覚えてるとこ、感じたことを今回はレポさせていただきます。

「今日来てる方は全国各地の代表です」と、ライブ開始時に言った小田さん。最後に
「え?代表の皆さん、小田がよろしく言ってたと今日来られなかった皆さんにお伝えください」
と言ってらっしゃいました。

今回大きな会場が初めての私。席はステージバックのスタンド席だったんですが、前から
3列目ということでオンステージシートとそんなに変わらない位置でした。オンステの抽選に
申し込むには長蛇の列に並ばなくちゃいけなくて、列を見た瞬間諦めたのですが、諦めて
よかった。。

そして大きなスクリーン。ステージバックにも大きなのがあったんでしょうが、何せその
裏手に居ますのでそれは見えません。上に四方八方に見えるようなスクリーンを見上げる
ような位置でした。

開幕のアニメーションの前に福岡での迎えた誕生日の様子が映し出されました。リハーサルの
前にスタッフから大きなケーキをプレゼント。恥ずかしそうに、「も?勘弁して」って顔で
やんちゃな小田さん。スタッフからの寄せ書きももらって皆で記念撮影。その映像を見ながら
会場内は拍手です。

そしていよいよアニメーション。今回は冷静の予定だったので最後まで見よう、と思ってた
んですが、案の定メンバーさんや小田さんが出てくるとそっちに目が行ってしまいまたもや
見逃しました。お願いですから、アニメーション終わってから出てきてくれませんか?

今回はアニメーション見ただけで涙が出てきてしまいました。最後だからかな。。

小田さんはじっとしてられない子なので、ステージに居たのは半分以下です。ま、居たところで
後姿だったのですが。ほとんど真ん中にあたる出べそのとこに居たと思います。でも、じっと
してられないのが功を奏して、オンステの人の後ろ通路を走って会いに来てくれました。
今ツアー最大至近距離を記録です。

2M

1列目の人にマイクを向けてる顔をガン見しました!本当に楽しそうに嬉しそうにファンと
戯れています。この至近距離が3回ほどありました。目こそ合いませんでしたが近くに来て
くれて本当に嬉しかった!!

そして第1回洪水警報は「言葉にできない」「今日もどこかで」
小さいホールばかり行ってたので大きな会場での弾き語りってどうなんだろう、って思って
ましたけど、大小関係ありません。号泣です。
(でもでもここだけの話・・・岡山の言葉にできないの方がよかった)

小さいホールでは小田さんの激走を見ることができません。DVDなんかで見たことある
くらいなので、今回は本物が見られてこれまた感動。あんなに走ってなんで普通に歌えるの?
多分今回はきっとそんなに走ってなかったほうなんだと思います。自分でも抑えてたのかな。

そして何より光が綺麗だったこと。真っ暗になるとスタンド席の足元灯のみになるんですが
これが星のように綺麗だったんです。そして照明がふりそそぎ、なんと言ってもミラーボール!
大きな会場ならではの迫力!

稲Pとの出べそダラダラコーナーは僕の贈り物を皆で合唱です。歌いだしの音を男女別に
とってくれます。そして
「さんっし♪」
と、号令。1万人規模の合唱はもっと声出てもよかったんじゃないの、って思いましたが
私のエリアはあんまり声聞こえなかったので私自身独唱でしたけど、何か?

ご当地紀行は関西地区の総集編。携帯の日記にも船越さんが書いてますが、総集編でも一応
撮影には行ったようで、クランクアップを迎えた、と感慨深げ。。本当に楽しませてもらいました。

長くなりますので【その2】に続きます。

写真は大阪城ホール周辺です。
雨男警報発令中でしたが、最終日とあって神様が雨を持ってってくれました。

CDTVスペシャル

今日はめずらしくまともな(?)音楽番組がゴールデンタイムに放映されてます。

15周年なんだそうです。15年前私も振り返れば社会人になったばかりで、本当に色んなこと
があった15年間だったように思います。色んな出会い、別れ、楽しいこと、悲しいこと、
辛いこと、嬉しいこと。

色んなことがあったけど、今があるための試練だったのでしょうか。

小田さんは言います。
「いつの間に60年もの時が流れていったのか。でも振り返ってみるとこうして
数え切れないほどの出来事、人達そして音楽と出会うためには60年の月日がきっと
必要だったにちがいない」

そんなふうに私が60歳になったとき言えるのかな。

今、サザンが歌っています。お休み宣言をして最後のライブをやったあとの久しぶりのステージ。
とっても楽しそう。お客さんの前で歌うのが歌手冥利に尽きるんでしょうね。本当に嬉しそうに
歌う桑田さん。希望の轍を聞きながら駒沢を走っていた学生時代。懐かしい。。

きっといつかまた戻ってきてくれると思います。歌うことが大好きな人だから。

こういう音楽番組もいいですよね。その時代を音楽と供に振り返ることができて。
そんな中にも必ず小田さんは居ました。

そしていよいよ明後日小田さんに会いに行きます。8月に岡山に行った時よりは落ち着いています。
なんでだろ。

大阪城ホールだからきっと今まで小さなホールばっか行ってた私には、小田さんは小さく見える
はずだから客観的になってるのかな。ホールのときは手が届きそうな姿と、声。
語りかけるように一人ひとりの顔を見るように会場を見渡してた小田さん。

大きな会場でもきっと同じように見渡してくれるよね。ステージバックだけど。。

とりあえずファイナル。小さくても遠くても小田さんを目に焼き付けてきます。
声を耳に閉じ込めてきます。

さ、その前に仕事片付けなくちゃ。

追いかけて・・・

クリスマスの約束を見て小田さんの大ファンだったことに気づき、その後ツアーやんないのかなって
思っていて、2007のクリ約でツアーに出ることを知り迷わず米子公演のチケットに応募。

そして無事に小田さんに再会できてからの私は、旦那も不思議になるくらい夢中になってしまいます。
会場で配られたチラシでPRESSのことを再確認。ホームページである程度は知ってたんですが。

今までどんなアーティストのファンクラブにも入ったことはありませんでしたが、あっさりPRESS会員に
なりました。そこでLIFE SIZEに出会い、小田さんの日常を知ります。なんてストイックな人なんだろう
なんて真面目な音楽好き少年(おっさんなんだろう)って感じたのであります。

そして、1998年に大きな交通事故をしたという事実を知ります。私の記憶には全くありません。
1998LIFE SIZEので小田さんの事故は確認しました。今回PRESSのバックナンバーでその当時のものを
取り寄せました。

号外の冒頭小田さんの言葉で手記が書かれています。この雨でこの運転じゃ危ないとわかっていても
止めない自分がいます。ハンドルがきかなくなり絶対ぶつかると思った次の瞬間には死んでるかも
しれない、と思ったんだそうです。

デスマッチに行く途中の事故だったそうですが、今でも写真を見ると本当に生きていることが
奇跡だったように思います。きっと後続の車が離れてたり、滑り具合がよかった、という色んな
幸運と神様とファンが守ってくれたのだと私は思います。

デスマッチのポロシャツに自分のシルエットをデザインした時点で自分が着ることは無いと
決まっていたんだと思う、とこの手記の題名は運命になっています。

事故後、少し後ろを走っていたというマネージャーの船越さんが、小田さんの車を見つけた
時の気持ちはどうだったんでしょう。夢なら覚めてくれ、とあの短い間にも願ったはず。
小田さん自身、フナが怖い顔をして降りてきた、と表現しています。
木下さんは警察官が制するのを振りきり、小田さんの車に走っていったそうだし、吉田さんは
ずっと病院でついていたそう。

その夜一人ぼっちになったら寂しいから誰か居てほしい、と思っていたけどデスマッチの
こともあったし「居てもしょうがないから帰れよ」と言った超強がりの小田さん。
吉田だけは何があっても残るだろう、ってのも思ってたそうですが。。結局病院から一人
残ってくださいって言われて夜通しの看病になったそうですが。

小田さん本人もこの事故で今まで積み上げられてきたものすべてに、リセットボタンが
押されたような気がします、と言ってます。生きてくれててよかった、とファンの皆から
言われて気づいた大切なこと。だから小田さんはファンをとっても大事にしてくれてるのかな。

その後、スタレビとのジョイントコンサートを9月12日に行っています。事故は7月22日だった
から、すごく早い復帰だったと思います。皆への感謝を早く伝えたかったんだと思います。
でもこのコンサート後はかなり辛かったようですね。

小田さんの事故は一人相撲だったからまだよかったけど、これが何台も巻き込むような
事故になっていたら・・・・。

小田さんじゃないけど皆さん本当に事故には気をつけましょう。私も車を運転するので
雨の日は特に、気をつけて運転するようにしています。

そんな小田さんにまた会うことが出来ます。9月26日大阪城へ。スタッフの中では大阪が
ラスト、って表現してるようですね。なんだかドームが追加になったから、まだまだ、って
思ってたんだけど一区切り、と位置づけてるようです。
大きな会場は小田さんのライブでは初めてですが、一生懸命小田さんを応援してきます。

待っててね、小田さん
(待ってないと思うケド)

happy birthday

身内でもない人の誕生日を克明に覚えてて、しかもその日を本当におめでとう
という気持ちで向かえたのは初めてのような気がします。
(未だに父の誕生日があやしいのに。。)

小田和正 61歳

お誕生日おめでとうございます♪

61歳って・・・
うちの社長や常務と同い年です。とても小田さんと同じ年齢と思えない・・ん?逆か。
とても社長達と同じ年齢と思えない小田さんの活躍。

「選ぶ道は一つしかありませんでした」

という小田さんの言葉。この道を選んだのは間違いなく小田さんであって、誰からも
強制された道ではありません。その道は険しく楽しい思い出ばかりではなかったでしょう。
そんな道を「僕は必死に生きてきた」という小田さんです。

私ももっと人生を大事に、一生懸命生きていかないといけない、小田さんを見ると
そう思うのです。まったく小田さんのとおりにはできないまでにも、「どーせ・・だし」
なんて思わないでもう少し、強く生きていこうと思った今日9月20日です。

それと・・
訪問者の方が1000を超えました。
なんだかこのようなブログにたくさんの方に遊びにきていただいて、本当にありがとうございます。
きっとこの先も小田さんのネタが中心となっていくと思いますが、宜しくお願いします。

青春時代??

昨日昔の遊び仲間から久しぶりに電話がありました。
その人はひと回り以上歳の離れた男性です。職場の関係で知り合った人で皆から船長と呼ばれ
海の遊びに誘ってくれました。共同で船やジェットを持っていて夏といえば日焼けを恐れることなく
毎週のように海で遊びまわっていた、そんな20代を過ごしてきました。

夏が終わっても忘年会や新年会・送別会だのと、何かと言えば放課後遊びほうけていた仲間達です。

それから歳を重ねその仲間達も仕事が忙しくなったり、家庭環境が変わったり、転勤になったりでなかなか
集まる機会が少なくなりいつの頃からか会うこともなくなっていきました。
そして私も結婚し生活に追われ、そんな仲間の存在も忘れそうになっていました。

そんな人からの電話は海仲間と出張先で久しぶりに飲んだんだけどお前のこと思い出したから、とのこと。
「どうしてんの?元気にやってんの?奥様 ^^ お前の名前出てきてさ?何だか懐かしくてかけてみたんだよ。
今度また飲みに行こうよ」
「そうですね、久しぶりに連れてってくださいよ?」
「おう、そうだな行こうな」
と、それで話は終わったんですが。

とっても嬉しい電話でした。いつ飲みに行くなんて約束もしてないし、私が飲めないことも知ってますが。
思い出してくれたこと、飲んでいたとはいえ電話して来てくれたことは何とも言えず嬉しかったんです。
しっかり遊んだ青春時代は間違ってなかった、ともいえるような電話だったと私は思っています。

今度は私から電話してみよう。

小田さんとゴルフ♪

今日家に帰ると旦那が言います。
「日曜日小田和正とゴルフしない?」

一瞬「行く!」と言いそうになりましたが。。よくよく考えてみると、スキー関係者で
小田さんに似てる人がいるのですが、その人と一緒に行く約束をしたようなのです。
その人は背格好が似ていて顔はよく見ると似てないんだけど雰囲気小田さんです。

旦那的には日曜日の値段高い日に行かせてもらえるわけが無い、と考え、私の大好きな
小田さんの名前を出せばOKだと思ったのでしょうか。。

ま、私はその日仕事なので行けなかったんですけどね。来週大阪城に行くってこともあるので
気持ちよく「行っておいで」と送り出すことにしました。

そんな話から昨日読んだ「キャディ」の本の話をしました。旦那は「なんで小田和正が
青木功のキャディなんてすることになったんだ」と興味深々。そんな本なら読んでみたい
と言いはじめました。シメシメ。。

そこから小田さんの話になりました。
「俺は基本的に小田和正嫌いじゃないんだよ。いい歌だと思うし。でも俺も小田さんに
はまったら(はまりやすい)それにかかる経費は2倍になるじゃないか」
と言うのです。

な?んだ、そんなことを心配してたんだ。コンサートも行ってみたかったんだそう。
じゃ、次のツアーは一緒に行こうね、と約束しました。今のツアーじゃないところが
ミソなのですがね。。大阪城はもう無理だし、ドームコンサートの時期は旦那はんは
スキー関係の仕事で忙しいので無理だから。

なんだか今日はスッキリいい気分です。今まで旦那は小田さんにのぼせている私のことを
いいように思ってなかったし、小田さんの話題は極力避けていたんですが。。
小田さんがゴルフをしてくれてたおかげで(?)旦那と和解できたような気がします。
今後は堂々と小田さんを追いかけて行けるようになりました。

小田さんありがとう。

キャディ

最近小田さんの書物を探しては読みあさっている私です。
先日も「たしかなこと」を読みました。スルっと読んだのでもう1回読みます。それから
感想文を書こうと思っていますが。。いつになるやら。。

今回はキャディとTIME CAN'T WAITを買いました。古い本なので新品はなく、中古では
ありましたが、手に入れることができました。

今日はキャディを読みました。こいつは小さい本なくせに字も大きくて写真も多かったので
あっという間に読んでしまいました。ゴルフやんない人には読みにくいかもしれません。

旦那の影響で私もゴルフはしますが、自主的に練習したり、ってことはありません。
なんてったって上手にできないからです。今までスポーツやってきてこんなにできなかった
ものはありません。難しいです。

青木さんのキャディをしてその本があるってのは知ってたんですが、何でキャディすることに
なったのか知りませんでした。ゴルフ雑誌の連載をしていて、そのまとめたものを1冊の本に
したいってのが始まりで、ただまとめてもしょうがないから、何かやろう。ってとこから
自分でキャディをやるってのはどう?って言ったのがこの本の始まりなのだそうです。

そのときまさか青木功のキャディでしかもアメリカでシニアの公式戦になるんだなんて
本人は思っていなかったのだそう。きっと青木さんも断るだろうし、って思っていたらしい。
ところが、意外にも青木さんは「ま、楽しくやりましょう」とあっさりOKだった。
でも後になってわかるのだか、実はあっさりじゃなくて青木さん本人は嫌だな?って
思ってたんだけど、奥さんにやってみたら?あなたにとってもきっといい経験になるだろうから、
と勧められて、小田和正が青木功のキャディをやる、って構図が実現するわけです。

3日間のトーナメントの様子が小田さんの言葉で克明に綴られています。読んでいるだけで
緊張感が伝わってきます。毎日、毎回、毎ホールで青木さんに叱られる小田さん。こんなにバカって
言われたのも、すみませんって言ったのも初めてかもしれない、と本人。真剣勝負の場所で
小田さんがどんなに有名な歌手であろうが全く関係ないのです。

へこみまくる小田さんも周りの仲間に助けられます。一緒の組で回ったプロのキャディ達、
そして青木さんの奥さん。「よくやった」「いいのよ、あれで」

この日キャディをするために、日本からあつらえてきた、というつなぎを着て小田さんは
大会に臨みます。その写真を見ると左腕のとこにファーイーストクラブのマーク発見。これって
カフェとかに飾ってあったりするんでしょうかね。。

小田さんが日ごろ威張っている印象はありませんが、青木さんのために必死に駆けずり回る
写真を見ると本当にゴルフ好きなんだな?ってのが伝わってきます。

青木さんは鳥取にある小山先生のジムに年に1度はやってきます。私もここに通っていました。
そうです、あのイチローも通うジムです。青木さんの写真たくさんあります。ジムで出会った
ことはありませんが、身近に感じていたのです。この本を読んでより身近に感じたと同時に
プロゴルファーって大変なんだなってすごく感じました。

ゴルフ好きの旦那にも読ませてみよう。

出雲大社の空



今日は久しぶりに旦那とドライブに出かけました。
ガソリン高いのに車の数だきゃあ多い山陰地方。
西へ向かったはいいものの行き先を決めてない我ら。結局出雲大社に行ってみよう
ということに。ここで3連休だと気づく旦那(彼の休みは日曜のみ)
だから車多いのよ。

出雲大社は多くの観光客で賑わっていました。いきつけの蕎麦屋も大行列。
適当に入ったお店が割りと美味しい蕎麦屋でよかった。

写真は大きな日の丸の国旗。この大きさ半端じゃありません。多分8畳分くらい
あると思います。出雲の空に大きくなびいていました。神様もこの国旗を見ているのかな。

小田さんの米子公演でご当地紀行で出雲に来ていましたね。ドーム前の「スーパーおだ」も
確認してまいりました。また、その少し離れたとこに大きめの「スーパーおだ」があった
のであります!チェーン店だったのね。

それぞれの時代に流れていた歌

今日はめずらしく旦那と音楽の話をしました。

最近私が小田さん小田さんって言ってるのをいいように思ってないので音楽ネタは
避けてたんですけどね。

旦那も実は高校時代?20代前半くらいまではバンドでギターを弾いていました。
まあよくある高校の文化祭で演奏したり、ってのから始まって田舎の温泉宿で当時
カラオケがなかった時代に、演歌の伴奏をしたり。。

前にも話したように旦那は私より14歳も年上なので、生きてきた時代が違います。

高校時代を供に生きたアーティストは?と質問したところ、結局は誰って話に辿り着かなかった
んだけど、「オフコースも好きだったよ」と聞いてちょっと安心。赤い鳥やグレープのことも
当然のように知ってることがなんだか嬉しいような、悔しいような。

ちなみに私は、というとオフコースに関しては高校時代は一切登場しなかったような
記憶があります。中学時代は夏の日とか入ったLPをよく聞いていた記憶があるのですが。
で、結局なんだったかというと、杉山清貴や鈴木雅之(ソロになったばっかり??)
サザンだったでしょうか。大学に入ってドリカムにはまり、そしてソロになった小田さんに
東京ラブストーリーで再会します。

その時代を流れていた音楽を聞くと、一発でその頃の思い出がよみがえりませんか?

保育園はおよげたいやきくん
小学校はすみれセプテンバーラブ(一風堂?)(フォークダンスの曲だった)
中学校は村下こうぞう(踊り子を合唱コンクールで歌った)
高校は上に書いた他に久保田としのぶ
大学は槙原のりゆきやビギン
社会人になってミスチル、ゆず、スピッツなど私の中では全く違うジャンルの素敵な
アーティストに出会います。特にミスチルは度肝を抜かれたような、メッセージ性の
強い楽曲が胸に響きました。

でもその中に確実に居たのは小田和正、その人だったように思います。

辛かったときにその気持ちをそのまま歌ってくれてた歌詞がありました。小田さんずるいよ、
そんなこと言わないでよ、と涙が止まらないこともありました。まあ、小田さんは何も
私のことを思って作ってたわけじゃないので、受け取り手の勝手な思いなのですが。

私が生きている時代に小田さんが歌ってくれてることに感謝しています。

今日の空(夕方)


会社のある5階からの撮影。

明日はあんまりいいお天気じゃないであろう空。

こんな空は好きじゃないな?。なんだか寂しい空に見えてしまいます。
金曜日なのにな。

最近日が短くなりました。帰り列車を降りて駐車場に行くまでの間「東京の空」を
聞き空を見ながら歩くのですが、もう夕日も見えない感じ。車に乗ってすぐにライトを
付けないと暗いです。

1年は早いな?。。

たしかなこと


前から読みたいと思っていた

小田和正インタビュー たしかなこと

を買いました。小田さんの取材で有名な小貫信昭さんが書いたインタビューの本です。
まだ全部は読んでいないのですが、声のことや曲作りのこと、小さいときから音楽が
大好きだったことが、小田さんの言葉そのまま書かれてあります。

小貫さんの小田さんへの取材は数を重ねている分、小田さん自身も心許しているようだ
と、何かで読みました。

音楽的なことは難しいこともありますが、今のところ割とスイスイ読めています。

私の場合繰り返し読まないと理解できないのがわかってるので、1回目はスラ?と読んで
しまうのであまり頭に入ってないんですが、曲作りのとこで「おれは適当だから」と
言ってたのが印象的でした。「でもこだわりたいとこは、人に嫌われるくらいこだわって
何度も繰り返す」と言ってたのも、ああ小田さんならそうかも、って思ったりします。

各章の始めに小田さんの写真があります。その章の名は

もうひとつの人生の仮想

その写真は小田さんがスーツを着てネクタイを締め、デスクに向かって図面を見ている
そう、もし建築関係に進んでいたら、の写真です。
その写真は「あ、いるいる、こういう人」って感じの上司の姿です。でも明らかに
我が社のようないけてない上司ではなく、何でも頼れそうな的確な指示が出てきそうな
そんな少し違った感じの小田さんがそこにいます。

なかなか面白そうです。
読み終えたら書きますね。
読書感想文

今日の空



今日は久しぶりに快晴!雲が本当になかった。
気持ちいいですね。

あれから空を毎日見ています。
仕事の帰り道列車を降りて車に行くまでの間はiPodから「東京の空」を聴きながら空を見ています。
今日も1日お疲れさん、と自分に言いながら。(本当に疲れるのは家に帰ってからの家事なのだが)

夕方の海の色を知っていますか?
よく晴れたこんな日の夕方の海は白いんです。とっても綺麗で神秘的です。空の色に反射して
そんな色になるんでしょうね。

明日はどんな空なのでしょう。

京都音楽博覧会 追記

会場となった梅小路公園は京都駅から歩いて15分ほどですが、公園内に入ってからが割と
大変でした。会場入り口から遥か遠く離れたとこにチケット交換所があって、そこでリストバンド
をもらいます。その先に食べ物を売ってるエリアがあるので、一旦会場に入ってから食べ物を
買いに行くという行動は一大決心が必要となります。

野外なのに無謀にも一人で行った私です。良くも悪くも自由席。その場所を逃げてしまったら
他の人がズンズン押し寄せてきます。でも音楽好きだし知らないアーティストでも楽しめる
かな?って思ってたのですが。。

ごめんなさい。好きなカテゴリの人たちではありましたが、くるり風なゆる?い感じだったので
途中飽きてしまいました。

そして細野さんの出番になったときは、会場全体が前に進んだ感じがします。おお?っという
興味本位な歓声が。。細野さんの楽曲を知らないので曲が始まっても乗り切れなかったのが
正直なとこですが、やっと日本人のアーティストでMCも聞けて少し安心しました。

黒いギターを持ってたので「楽器が熱くてさ、暑いよ。。皆暑くない??大丈夫?」と何度も
話し掛けてくれました。

この辺りからです。人が沸いてくるように増え始めたのは。オールスタンディングエリアに
いたのですが、アーティストとアーティストの間にはセッティングタイムが15分程度あって
その間は座って待機していました。でもこの段階になると隙あらば、と人が押し寄せ小田さん
の登場を待っているのか、ラストのくるりに向けて場所取りなのか。。

小田さんのセッティングタイムのとき、初めてスタッフがギャラリーに向かって誘導します。
「次は小田和正さんが登場されます。後ろのほうも人が多くなってますので少しずつ前の
方にお詰めください」
これだけで場内歓声。

私はこの隙に真中のフェンスに到着。ラブ突で下に降りて練り歩いても近くで見える距離を確保。
ま、ステージみた限り降りる場所も明らかにないので、降りないな、とは思っていましたけど。
私のすぐ後ろの女の子2人組もどうやら小田さんのファンらしい。小田さん登場した瞬間
「小田さん痩せたね」とポツっと言ってたのを聞いて、なんだか切なくなってきました。
声を掛けようか迷いましたが、ラブ突を必死に歌ってたので私も必死に歌いました。

京都ではくるりはすごく有名なようですね。オープニングで出てきたりするとキャー!っと
すごい応援。私は去年のクリ約見るまで知らなかったから、地元を中心に頑張ってきた人
なんだな、と思いました。チオビタのCMソングは知ってたね。。

会場内で使う食事のお皿は紙じゃなくて今はやりの「リユース」の食器。プラスティック
なのかな?使った後は専門業者に洗ってもらうんだそうです。ゴミゼロを目指して、と
合間を見てはPRしていました。そういえばゴミ箱が溢れてるってことはなかったな?。
とても気持ちいい会場でした。

ただ、一つ二つ気になったことがあります。
入り口でダフ屋が居ました。最初のダフ屋はこっそり話し掛け「今なら値下げするから」と
お兄ちゃんを引っ張って行きました。別のダフ屋はチケット交換所のとこで堂々と
「今日のチケット安くてあるよ」と大きな声で呼び込みしてます。これって取り締まらないの?
正規のルートで正規の金額で買ってる人にはすごく気分悪いし、何より参加アーティスト達に
失礼な話です。ボランティアやスタッフの人たくさんいたけど、どうなんでしょうか。。

あと、野外なので一応幕は張ってあるんだけど、ステージ上部にスクリーンが設置してあって
入場しなくてもそれを見ることができる位置がありました。音は完全に漏れてるしステージ近く
ならほぼ完璧に聴けたでしょうか。入場した人はリストバンドしてるから一目瞭然。その見える
場所に座り込んでいた人はそうじゃない人。ん?どうなんでしょ。これってアリですか?

追記のくせにたくさん書いちゃいました。

京都音楽博覧会


イメージ 2

イメージ 3

写真は
?音博会場の空
?入り口。こんなに晴れてたのに。
?入場者の印

他にも参加された方もいてすでにレポもあがってるようですが、私なりに様子をお知らせします。

前日まで私の地元では羽織るものがいるほど涼しかったのですが、さすが京都は「くそ暑い」です。
開場に入るなり入り口付近までシートが引いてあってどうしよう、って思ったのですが全席自由だし
高いお金払ったんだし、前に行こう!ってことで前へ前へ。どうやら前のエリアはオールスタンディング
だそうで、知らないアーティストのときに座っていたら「立ってください」って言われてしまう。。

やっと小田さんの前のアーティストになります。そのときにバックステージに幕が張られるんですが
張る前にグランドピアノが出てきました。あ、小田さん弾き語りだ、一人??とドキドキしてきます。
その間にお客さんがじわじわ前に押し寄せてきます。

その頃空は黒?い雲が押し寄せてきて「雨男警報発令!!」そしてなんと小田さんの前のセッティング
タイムのときにとうとう雨が降り出しました。「小田さ?ん、もう!」と心の中で叫ぶ。
でも雨は小田ファンの願いが叶い5分くらいで上がりました。

そして私の位置はというと小田さんのほぼ正面、距離にして30Mくらいでしょうか。しっかりした
大きさで小田さんを見ることができる位置です。もちろん今までのアーティストなぞ比べ物にならない
ほどのすし詰め状態のギャラリーです。

ステージの袖に小田さんを発見!心臓はドキドキ。。木下マネも居たな?。コーラスに出るかな?
色んな思いが交錯します。

そして小田さん登場。

「ど?も」(お待たせしましたはなかった)

『雨上が?りの♪って歌ったら(本当の音程で歌ってました)本当に雨降ってきちゃってね、そしたら
皆俺のこと見るんだよ。ま、今日はこの曲はやらないんですけど。。』

とグランドピアノに向かいます。

言葉にできない

最後の「Woo?」がいつもより出てなかったけど、素晴らしかったです。ステージには一人。
途中からの栗ちゃんのキーボードもなく、本当にシンプルな演奏でした。
(でもちょっとだけピアノ間違えて「あ、ヤベっ」って顔したのを私は見逃さなかった!)

出演アーティストにYMOの細野さんが居ました。

『参加アーティストの名前見て細野さんが居たんで、皆何かつながりがあると思うのでしょうが
実は昨日始めて握手して挨拶しました。昔、小学校の隣のクラスに気になるやつがいて、声
掛けられなくてそのまま、みたいな感じですかね。60歳になるまで声かけられませんでした。
今日は色んな話ができると思います(打ち上げですな)』

佐橋さんが登場しました。

『佐橋といえば、ね、チャカチャーン、です(松たかこの旦那って言うかと思った)その曲を
やりたいとおもいます。もう17年も経ってしまいましたね』

ラブ突

チャカチャーンとは始まらず、佐橋さんと向き合って(稲Pみたく??)
あの日あのときあの場所で のフレースで前奏が始まりました。このバージョンもカッコイイ!
たまに歌声を小さくして皆の歌う声を聞いてました。私は必死に歌いましたよ。

『ツアーしてないときにはこんなイベントに呼んでもらえると、ファンにも会えるしね。今年は
ツアー中にもかかわらず呼んでくれてどうもありがとう。去年呼ばれて今年呼ばれなかったら
俺なんかしたかな、って思っちゃうよね。というわけで次はくるりと一緒にやりたいと思います』

くるりの曲
申し訳ありません。聞いたことない曲だったのでちょっと残念でした。

『え?最後の曲です』

会場内「え?????!!!」の声にいつものように『まあまあ』と手で制するようなふり。。

『今回のツアーのタイトルにもなってる今日もどこかでという曲をくるりに手伝ってもらって
歌いたいと思います。あ、そういえば明日は佐橋の誕生日です』
場内拍手。。

今日もどこかで

2番はくるりの人が歌ってました。

小田さんの出番は正味20分ほどでしょうか。。他のアーティストより短く感じたのは私だけ?
4曲しかないのに、そのうちの1曲がくるりの楽曲だったのはファンとしては残念な感があります。
でも音楽博覧会なので、しょうがないのかな。。。小田さんが歌いたかった曲だったそうだしね。

今回はドラムもないしすごくシンプルな演奏で小田さんの声を聞く、という部分ですごくよかったです。
あの短い時間でもさすがに野外なので小田さん大汗。いつものしぐさで汗をぬぐい、曲の途中でも
汗をフキフキ、本当に暑そうでした。ええ、アナタが雨を降らせたおかげで蒸し蒸しするのよ。

演奏が終わると佐橋さんを紹介して、くるりから「小田和正」と言われ皆に手を振って颯爽と
袖に帰っていきました。

そして小田さんが終わると波が引くようにぞろぞろ皆が帰っていきます。残念ながら私も場所を
確保しようと炎天下の中ずっと待っててもう限界だったので、退散させていただきました。

くるりは京都ですごく人気があるんですね。たくさん集まったアーティストの方々の作風は
なんとなくゆる?い感じがしました。外国人も多かったし。細野さんが出てきたときは
地鳴りのようなどよめき。「本物だ」って言ってる人もいました。
『え?暑いのでさっさとやって日陰に戻りますから』『暑いので60歳以上の人は帰ったほうが
いいですよ』など、あの年代は毒舌なのでしょうかね。。小田さんの前の沖縄の人は『去年は
僕のときだけすごい雨で何も聞こえなかったそうで今年も呼んで貰いました』って言ってました。

私は根性試しのようなイベントになりましたが、小田さんに会えたからとっても嬉しかったです。

やっとPRESSがきました

私の記憶がさだかならば、一番最初にPRESSが届いた方から遅れること3日ですね。。
ああ、田舎の宿命。ま、しょうがないですね。無事届いたんだし。

やっと吉田さんのBACK STAGEを自分の目で見ることができました。小田さんの中ではきっと
ドームクラスの公演はやりたくないはず。確かにチケットは取りにくかったしあの手この手で
大変だったけど。。ドームほど大きければきっとみんなの近くに行きたいとまた必死に
走り回るであろう小田さんが思い浮かびます。無理しないで、小田さん。。。

報道では年齢のことが大きく出てましたよね。61歳2ヶ月、最年長などなど。年齢ってそんなに
大事なんでしょうか。小田さんの魅力はあの年齢で歌い続けてることじゃない。素晴らしい歌を
作り歌ってるだけじゃなく、その一生懸命さ、何でも真剣に取り組む姿勢に魅力を感じているのに。
小田さんの年齢はただ歳を重ねただけじゃなく、大きな歴史があることも私は見逃せない。

ま、確かにあれで還暦を過ぎてるのかっ、って思うことは多々ありますが。。

ドームの音響は最悪だと聞きます。でも最悪だろうが何だろうが行きたいです。

さてさて、今週末の予定です。明日の夜京都へ向けて出発します。大学時代の先輩と同級生が
ステンドグラスと陶芸の展示会を開きます。それに遊びに行くのが最初の予定だったんです。
が、その日はちょうど京都音楽博覧会が開催されてるじゃあ?りませんか。。野外だし、1人だし
ちょっと迷いましたが去年のLIFE SIZE見てたら楽しそうだし、小田さんにも会えるし歌声も
聞けるだろうし、思い切って行くことにしました。

HPを見てみると京都駅近くの会場で住宅もその近辺にあるってことで、音響は少し控えめに
設定するんだそうですね。なので、あんまり遠くだと聞こえないのか。。小田さんもきっと
ちっちゃ?い感じなんでしょうね。だとすれば開場と同時に入ってそれなりの場所に居ないと
ダメか。。でも1人だし寂しい。。ま、小田さんに会えるんだから頑張ってきます。
またレポ書きましょう!!

んで、元千秋楽大阪公演26日のチケットゲットできました!まだ届いてないのでどの席か
不明ですが。ま、一応の〆になると思うし、ドームチケットもどうなるかわからないので
気合を入れて行ってまいります!!

さて、どんな週末になるのでしょうか。乞うご期待!!

追加公演決定!・・だそうです

まだPRESSが届いてないのですが、ファンの皆さんの情報によれば大阪名古屋東京で
追加公演が決まったそうです!やった?!!

と、喜べない。。。。。

旦那の手前大手を振っていけない。
しかも大阪のチケットゲットできちゃって、「行ってもいい?」(ゲットしてから)って
聞けば「何処へでも行ってしまえ」と言われる始末。。

ま、大阪は12月20日だそうなので、旦那もちょうど毎年恒例の出張で居ないはずなので
コッソリ行ってしまおう!

行ってしまおうって、チケットはちゃんとゲットできるんでありましょうか。。
詳細は来月号のPRESSで発表なんだそうですが。

今回のチケットは取りにくくて、ライブに行けなかったファンが多かったための追加公演
だと聞きました。小田さん本当にありがとう。体調大丈夫ですか?追加公演は全部ドーム
だと聞いています。頑張りすぎないでくださいね。


君は空を見てるか、風の音を聞いてるか(byたしかなこと)

小田さんはよく空の写真を携帯で撮影したりしてるそうです。小田さんの歌詞には空と風という
言葉が数多く出てきます。

自然あふれるザ・田舎に住みながら空を見ることも少なければ、風なんて吹かなければいいって
思っていました。小田さんはなんで空を見るんだろうってずっと思っていました。

東京の空が大好きでライブでも各地の空がスクリーンに映し出されます。小田さんは東京の空
だけじゃなく、それぞれの街の空をちゃんと見てるんだ。。

私は空を毎日見ることにしました。

今日はビルの5階にある会社のエレベーターホールから窓越しだけど空を撮影しました。最近
ずっとお天気悪かったので久しぶりに晴れ渡った空は、それはそれは綺麗でした。

今まで夕焼けは大好きでよく見ていましたが、昼間の空はそんなに興味なかったんです。
でも空を見るってとても「素」な気持ちになれると私は感じました。それは夕焼けとか昼間の空
とか関係なく。

小田さんが「素」になれてるかどうかはわかりませんが、明日からも空を見ていこう。
風は・・・宿題にします。

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